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平成25年度(2013年度)留学最終報告(台湾文藻外語大学)


留学(研修)レポート

文藻外語大学留学最終報告

文化学部文化学科 三回生 橋谷 祐紀

 私は、高知県立大学に在籍しているうちの2回生の後期と3回生の前期の期間で、台湾の文藻外語大学へ交換留学いたしました。一年間の留学での出来事や考えたことを紹介したいと思います。
 文藻では2月17日から後期が始まりました。後期は日本語で行われない授業も受けたいと思ったので、英語の発音と韓国語と台湾の文化の授業を加えました。
 英語の発音の授業は日本語学科の授業ではないので、多くのクラスメートは日本語が話せませんでした。私はこれをチャンスにして毎回違う人の隣の席に座らせてもらい、英語や中国語で話しかけるきっかけを作りました。日本語学科ではない学生は日本人を特別視することなくクラスメートの一人として接してくれたのでとても新鮮でした。
 韓国語は、韓国人の先生によって中国語で授業が行われました。友人が日本語と英語が話せるので隣に座って授業を受け、説明の中国語がわからないときは彼女に助けてもらいました。
 台湾の文化の授業は、資料は日本語で書かれていましたが、先生の話す言語は中国語でした。授業を重ねるごとに、先生の話す細かな情報が聞き取れるようになり、自分の中国語の成長が目に見える授業でした。それでも中国語が難しいときは、周りの席の学生が親切に教えてくれます。先生は、台湾の文化を紹介したうえで日本にあるそれに似ている文化も併せて説明します。例えば、歌仔戯(ge1zai3xi4)は歌舞伎と似ています。布袋戯(bu4dai4xi4)は文楽と似ています。先生は日本のことに関して日本人学生に質問してきます。しかし私は日本人なのに歌舞伎や文楽も含め、例えばおせち料理や鏡餅の意味や由来など知らないことも多く、説明ができないことが残念でした。宋江陣(song4jiang1zhen4)という武芸芸能も紹介されました。宋江陣は台湾各地で行われ、最近ではパフォーマンスのコンテストも行われています。関連として、日本のYOSAKOIも紹介されました。そして高知のよさこいに関しては私も参加したことがあるので高知出身の者ではないですが簡単に話をさせてもらいました。この先生は日本語が上手で台湾の文化にも詳しいので、私はいろいろな質問をしました。質問の一つとして、なぜ台湾には至る所に廟があるのかきいてみました。台湾人はかつて中国大陸から渡って来た人が多く、彼らは船でやって来たそうです。その船旅で無事に台湾へたどり着くかはわからないので、それぞれ神様と共に船に乗り込んだそうです。そして、台湾の地で今に至るまでずっと祀ってきたのだということでした。台湾では神様の誕生日などの祭りもとても賑やかに行われます。住宅の近くであっても、大量の爆竹を鳴らし空き地から花火をあげます。台湾の今の状況を考えると、中国との微妙な関係があると思います。今後国がどうなっていくのかが不確かな状況であることも、熱心に神様に縋ることに繋がっているのかもしれないと考えました。
 私が台湾にいる間には、太陽花學運という学生運動がありました。これは、国が強行採決したといわれている「両岸(台湾・中国)サービス貿易協定」に対して国民が不満を抱いていたところ、学生が国会に突入・占拠したというものです。私の友人でもその協定に反対の意思を表している人はたくさんいました。その協定が結ばれてしまうと、今後の国が不利な状況に立たされ大変なことになってしまうかもしれません。国の未来のために行動しようと必死になったことがない自分にはその運動は印象深い出来事でした。私は文藻に留学をして中国人の友人もできて中国に対する見方も変わりました。一部の人が良い思いをするのではなく、多くの人々にとって平和な結果になることを願います。ほかにも衝撃的な出来事がありました。留学中に出会った人との会話の中で、「日本人は好きだけど、国のトップが靖国神社の参拝をすることは許せない。」や「日本の太平洋側は原発の汚染水が流れているからそのあたりで採られた海鮮は食べたくない。」など、厳しい意見を言われことがありました。それに対して何と言えばいいのかわかりませんでした。
 書ききることはできませんが以上の様に、私は台湾でいろんな人に出会い、日本で平凡な学生生活を送っていた自分とは違う濃い一年が過ごせました。そもそも私は何事も消極的で、留学に行くような学生には見えなかったかもしれませんが、留学して外国を見たいと強く思っていました。高知県立大学から文藻外語大学へは比較的少ない資金でも行くことができるので、家族も快く承諾してくれました。平成24年度以降に入学した学生は単位取得の規則のため、留学に行きその1年を含めた4年間では卒業することはできなくなりました。それを考えると留学には覚悟がいると思いますが、私は「思い立ったが吉日」のような軽い気持ちで留学に行ってしまったかもしれません。しかし、留学に行って正解だったと思います。台湾は以前旅行に行ったこともあり好きでしたが、ますます好きになりました。文藻外語大学がある高雄に住み、高雄や台北以外の場所にも遊びに行きました。食べ物や気候に慣れてからは、安くておいしいものを連日食べ、暑い日でも檸檬の飲料を飲んで元気に過ごしました。ひとつ悩みだったのが、私には虫歯があったことです。それにより後期は甘いものを控えるようにしましたが、台湾には本当に甘いものが多いので避けるのが難しいです。そして一番の収穫は、友人が沢山できたことです。後期になると少しずつ中国語が話せるようになり、より一層仲が深まりました。みんなはこれからも私の中国語の先生です。一年間一緒にいて別れはとても寂しかったですが、必ず台湾へまた会いに行くと思います。そして友情は私がいくつになってもおばあさんになっても続くと思います。素敵な出会いに感謝しています。さまざまな背景のある友人や、日本語学科でなくても日本語が話せる友人を見ていると、私も勉強をしなければならないと強く思いました。言語に対する感覚も変わりました。留学当初は中国語も英語もできず自分が話せるのは日本語だけでした。日本語がわからない相手にとって、中国語圏にいる自分は、言葉が通じない何もできない人間だったと思います。しかし、一年間の外国生活を通して、中国語・台湾語・英語・韓国語・日本語で似たような意味の言葉が話せたら、自分が活躍できる場所が一気に広がることがわかりましたし実感しました。これから残りの二年半の学生生活ですべきことのきっかけをたくさん掴み、知的好奇心が膨らんだ状態で高知県立大へ帰ってきました。将来の夢へ向けて、努力していきたいと思います。

 最後に、留学へ興味を持っているみなさんにはぜひ留学へ行ってみてほしいです。消極的な人にもお薦めです。このままの自分じゃだめだと悩んでいる方はぜひ留学を考えてみてください。高知県立大学の交換留学の制度を利用して、今回自分が留学させていただいたことに感謝いたします。

 

 橋谷さんが、台湾文藻外語大学留学中に撮影した街の風景
 学校の近くの風景です。
 台湾は原付バイクの数がとても多いです。

 橋谷さんが、台湾文藻外語大学留学中に撮影した大学内の飲料店
 学校内にある飲料のお店です。
 台湾は飲料のお店も多いです。