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修了生の声 vol.2

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年2月28日更新

学部・大学院で過ごした6年間を礎に、福祉の研究者を目指す

令和2年度修了生 李 傑さん
(広島大学大学院医系科学研究科博士課程後期)

李傑さん

大学院への進学の動機

 学部の介護実習で言葉を失った重度のアルツハイマー病の人の不可解な食行動に出合い、その意味を理解したいと思ったことが大学院への進学の動機です。その方は、手づかみで食べ、介護者が手づかみを止め食事介助を行うと今度は口を開けず、食べ物が口に入った時には、それを吐き出してしまいました。また、食事中でもご自分の服の中に頭を入れて、しばしば食事が中断してしまいました。このような状況が続くと、ご本人には低栄養や生命の危機をもたらし、介護者には重い介護負担を強いります。学部の卒業研究で、この方の不可解な食行動を取り上げ、思考をめぐらしましたが、不可解な行動を起こす理由、不可解な行動を改善させる方法を見出すことはできませんでした。

 アルツハイマー病の進行とともに言葉を失っていきますが、言葉を失った最重度のアルツハイマー病の人の行動を理解したい、そして介護の方法を見出したいと思い、大学院に進学しました。

2年間の大学院での研究

 特別養護老人ホームで半年間にわたり、言葉を失った最重度のアルツハイマー病の人の行動を記録し、最終的に修士論文「言葉を失った重度アルツハイマーの人の食行動変化に対応する介護」を大学院に提出しました。この研究を通して、言葉を失った最重度のアルツハイマー病の人の介護のポイントは、少なくとも以下の3点があることに気づきました。

 1点目は、一人ひとりに適した環境を調整することでした。人間の行動は、主体(自己)と環境の相互関係から成り立ちますが、アルツハイマー病が進行して自己意識が薄れると、被影響性が亢進し、環境依存性が高まります。つまり、環境がその人の行動を左右していくようになります。ですので、一人ひとりの行動観察を通して、その方の好ましい行動を引きだす環境と好ましくない行動を引きだす環境を整理し、環境を調整することが必要であったのです。

 2点目は、動作の順序の記憶である手続き記憶を利用することでした。(長期)記憶は、言葉を介して意識に再生される陳述記憶と言葉を介さず動作に再生される非陳述記憶に分類されます。さらに、陳述記憶はエピソード記憶と意味記憶に分類され、非陳述記憶は手続き記憶のことです。私がいつ、どこで、何をしたかの体験の記憶であるエピソード記憶はアルツハイマー病では早期に障害されますが、自転車運転や水泳、そして二足歩行を含む整容、排泄、更衣、入浴、食事などの日常生活動作(ADL)の記憶である手続き記憶は、アルツハイマー病が進行しても保たれています。手続き記憶は動作の順序の記憶ですから、動作の開始の構えをつくると、その動作が始まる可能性が高まるのです。介護を経験された方は、言葉を失った最重度のアルツハイマー病の人に箸をもってもらうと、器用に豆をつまんで食べ始める場面に出会ったことがあると思いますが、これは手続き記憶が再生されたのです。

 3点目は、形がなく、存在を知覚できない概念(即ち言葉)を用いる動作は、介護者が援助することでした。この点は少し説明がいると思いますので、例をあげてみます。例えば、目の前にブリーフとズボン、インナーシャツとTシャツを着る単純な場面を想定します。我々は、事も無げにブリーフをはいて、その上にズボンをはき、インナーシャツを着て、その上にTシャツを着ますが、実は更衣の再生には、形がなく、存在を知覚できない表と裏、前と後ろ、上と下、右と左の概念を表象する機能が求められているのです。もし表裏、前後、上下、右左の概念を失えば、衣服の表裏、前後、上下、右左を判別できず、ブリーフやズボン、インナーシャツやTシャツをどちら向きにどの順序で身に着ければよいのか、分からなくなるのです。ですので、言葉を失った最重度のアルツハイマー病の人が、表裏、前後、上下、左右を反対にしてブリーフやズボンを頭からかぶることや、インナーシャツやTシャツを足からはくことは不思議なことではなかったのです。実は、我々は言葉で更衣をしていたのです。ADLの中でも更衣は早期に援助が必要になり、食事は晩期まで援助を必要としません。それは、更衣は形がなく、存在を知覚できない表裏、前後、上下、左右といった概念を用いる動作がその過程に含まれるからです。一方、食事は、形をそなえ、存在を知覚できる箸、スプーン、ナイフ、フォーク、皿、茶碗を用いて、形をそなえ、存在を知覚できるごはんやパンやおかずを食べればよいだけですから、食事は晩期まで援助を必要としないのです。

研究成果の公表

 修士論文の成果は、すでに英文誌に2編が掲載され、PubMed(米国国立医学図書館が運営するデータベース)にも収録されています。そして3編目も英文誌に投稿し、現在査読中です。また、博士前期課程1年目、2年目には、認知症の専門学会で研究成果を発表いたしました。

現在の私

 博士前期課程(修士課程)を高知県立大学大学院で修了し、引き続いて広島大学大学院医系科学研究科博士課程後期に進学しました。広島大学では、博士人材の育成を目的とした科学技術振興機構の「次世代研究者挑戦的研究プログラム」の次世代フェローに選ばれ、生活費や研究費が支給され、研究に集中できる環境を準備していただきました。私は、認知症ケアの研究で博士号を取得し、研究者をめざしています。

高知県立大学大学院人間生活学研究科を目指す皆さんへ

 私は中国からの留学生です。学部の4年間と大学院の2年間を高知県立大学で過ごしました。この6年間が私の未来への礎を築いてくれました。皆さんも高知県立大学大学院で、未来のあなたの礎を築いてください。

 最後になりましたが、主指導の横井輝夫先生、副指導の三好弥生先生、渡邊浩幸先生には、親身になってご指導をいただきました。有難うございました。

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